東日本大震災から8年。『3.11』で検索すると復興支援の寄付ができるようです

こんにちは。心春です。

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2011年3月11日に起きた、東日本大震災から8年です。

グラーングラーンと初めて感じる奇妙な揺れ方と、大きな揺れに一瞬で恐怖感でいっぱいになったことは今でもよく覚えています。

 

当時3歳だった上の子は、地震の事は覚えていません。『地震』というものが分かっていないので、揺れていても、いつも通り遊んでいました。

 

身を隠せるような家具がなかったので、とっさに子供をソファーに置いて、取り込んだばかりの洗濯物とお昼寝用の毛布を子供に被せて、子供の上に覆いかぶさりました。

この行動が正しいか間違っているかどうかは分かりませんが、とにかく子供を守りたくて。

 

そうしている間も、子供は私と遊んでると思っていたようで、『キャハハハハやめてよぉ』と楽しそうにしていました・・・

 

緊急地震速報が鳴ると、私が急に真剣な顔つきになったりすることから、子供も察するようになり、この音が鳴ると『地震!ちゅなみ!』と言いながら怖がって私のところに来るようになりました。

 

地震の後の計画停電がよく当たる区域だったので、夜真っ暗で過ごしたことは、上の子にもなんとなく記憶にあるようです。

 

原発事故で放射能が飛び散り、水や食べ物から放射性物質が検出されたり、ホットスポットと呼ばれる場所が出たりとか・・・

 

小さい子供を育てていて、妊娠中でもあり、『放射能』におびえる日々が始まりました。

スーパーで基準値を超えるホウレンソウが売っていたというニュースなんかを見ていて、スーパーで買い物をすることが怖いな・・・と思っていたら、子供が噴き出すような鼻血を1日に何度も出すようになりました。

 

関連があるのかどうかは分かりませんが、それ以来外に遊びに出ることも、放射能に汚染されやすい食べ物を与えることも出来なくなり、私の精神も追い込まれていくようになりました。申し訳ないと思いつつ、『食べて応援』は私にはできませんでした。

 

パルシステムで検査をして、クリアしている食べ物だけを買うようになり、食費は2倍になり金銭的にはきつくなりましたが、食べられるものは増えて、精神的な負担も減りました。

 

今でもシイタケ・レンコン・柑橘系はまだ不安があるため、子供にはあまり与えていませんが、3年ほど前からスーパーの物を安心して買うことができるようになりました。

 

少しずつ安心した生活が戻ってきたと感じる部分もありますが、今でも行方不明の方がいたり、仮設住宅で生活をしている方がいる事、東日本大震災の事は忘れてはいけないと、改めて思いました。

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3月11日に 『3.11』で検索をすると、1人につきヤフーから10円が、復興支援のために寄付されるそうです。『3,11』『3月11日』など違うキーワードになってしまうと寄付ができないようなので、気を付けてください。

 

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